五輪空手と「枯れ」
16/09/15 15:30
空手が五輪の種目になる模様。
それはそれで競技の発展に寄与するからいい事かも知れない。
俺がちょくちょく顔出してる道場の練習生の中からも五輪選手が出るかも!
ただし、ルールによる!
元来、俺とこの道場長は過去にはムエタイ選手として活躍していたので、
空手だけの練習生も、ほぼそれを意識した練習が中心になっている。
加えて総合系の練習生は空道を見据えて投げ技、関節技も練習している。
一方空手系の練習生に対しては、道場内では関節を極めながらの投げは禁止されている。
いずれにせよ、五輪の空手ルールがスーパーセーフ使用の直接打撃のみで、
KOルールに近いものになったら、
うちの練習生にも道が開けるのかも知れない。
しかし空手にせよムエタイにせよ、スポーツであると同時に武道でもある。
どちらも試合があって、そこには勝ち負けがある。
実際のところはよく分からないけれども、
格闘技に限らず、スポーツでも何でも、
何かを目指すということは、勝ち負けだけでなく、
その人だけの「極み」というか、
その人に固有の精神性や哲学みたいなものが随伴しているような気がしている。
相手との戦いに重きを置くか、己との戦いに重きを置くか。
恐らくそれはその人の自由であろう。
特に先日入門してきた62歳の人を見てると、
強くそう思う。。。
「枯れた技術の水平思考」という言葉があるが、
強さだけでなく、上手さだけでなく、「枯れ」を目指すのも趣きがあっていいかも知れない。
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